2021年8月5日
夏の静岡。気温はすでに35度を超えていた。
千頭駅のホームに降り立つと、そこにはまるで時間が止まったかのような光景が広がっていた。
漆黒の旧型客車が静かに佇み、出発の時を待っている。
車体に掲げられた「かわね路」のロゴが、この旅の舞台を物語っていた。
この日乗車するのは、EL急行「かわね路」。電気機関車が牽引する旧型客車列車である。
昭和がそのまま残る車両たち



ホームで目に入ったのは、オハ35 149のナンバーを持つ客車。
青いプレートに白抜きの「かわね路」の文字が誇らしげに掲げられている。
車体はくすんだ黒。長い年月の風雪をそのまままとった、重みのある存在感だ。
先頭に立つのは、E10形電気機関車。
吊りかけモーターを搭載した古豪で、その姿は博物館の展示物ではなく、現役としての力強さを感じさせる。
客車に足を踏み入れた瞬間、木の香りとわずかな埃の匂いが混じった独特の空気が広がる。
- 木枠の窓
- 青いモケットのシート
- 網棚
- 丸みを帯びた天井と丸い照明
車内標記には「オハフ33 215」「オハフ33 469」の文字。
戦前から戦後にかけて製造された車両たちだ。
壁には昭和の広告ポスター。
当時の俳優たちの笑顔や、SL土産の広告がそのまま残されている。
まるで昭和にタイムスリップしたかのような感覚だった。
冷房なし、窓全開。それが流儀



猛暑日にもかかわらず、この旧型客車に冷房はない。
選択肢はひとつ——窓を全開にすること。
走り出せば風が車内に吹き込む。
ぬるい風ではあるが、それでも走行中はなんとか耐えられる。
ペットボトルの水を口に運びながら、
これが昭和の乗り鉄のスタイルなのだと妙に納得する。
停車中は厳しい暑さに包まれるが、走り出せば緑の山々と大井川の風がご褒美を与えてくれる。
家山発車、旧型客車ならではの衝撃



音を収録したのは、家山駅を発車した瞬間だった。
ドンッ——
鈍い衝撃が後方から順番に伝わってくる。
連結器を通じて響くこの感覚は、現代の電車では決して味わえないものだ。
後部車両に乗っていたため、先頭の機関車が鳴らす汽笛はくぐもった音として届く。
それでも確かに聞こえる、低く響く「ボォー」という音が旅情を深めてくれる。
やがて吊りかけモーターの唸りが伝わり、ゆっくりと車輪が回り始める。
大井川の風景と沿線の楽しみ



車窓には、
- 大井川の広い河原
- 整然と並ぶ茶畑
- 緑に覆われた山々
が次々と流れていく。
沿線には、たぬきの陶器人形が並ぶユニークな場所や、
「みつけよう!ケンジ」と書かれたトーマスのキャラクター看板も見られる。
こうした遊び心ある風景も、大井川鐵道ならではの魅力だ。
千頭から新金谷へ、昭和を乗り継ぐ



約1時間半。列車は千頭から新金谷まで走り抜けた。
汗をかき、水を飲み、風を受けながらの旅。
それでも確かな満足感があった。
冷房の効いた新幹線では決して味わえない何かが、ここにはある。
昭和の車両が、令和の夏を走る。
その不思議な魅力が、強く心に残る一日だった。
大井川鐵道 EL急行「かわね路」/千頭→新金谷/2021年8月5日乗車


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