録り鉄1回目の記憶(2021.3.8)

ひとり旅
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旅行遂行士による乗り降り旅
旅行遂行士による乗り降り旅
録り鉄1回目の記憶(2021.3.8)
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福島県沖地震の余波を受ける中での旅行

大人の休日俱楽部パスを使っての移動

コロナ禍真っ只中の2021年3月、この時は緊急事態宣言が首都圏の4都県に出されている中でしたが、1年前と比べれば人の行き来は増えており、そんな中でのスタートでした。
ただ、切符は事前にネットで購入したものの、2月13日に福島県沖地震で最大深度6強の揺れにより東北新幹線を中心に被害が出て、この時点では減速運転を行っていました。東京から仙台に行くのに1時間ほど余計にかかるということで、それを踏まえて旅行計画を立てています。

案の定ガラガラなこだま808号よりスタート

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浜松始発のこだま号からスタート。東京駅で事前に購入予約をしていた大人の休日俱楽部パスを発券して、はやぶさ7号に乗り換えます。
那須塩原のあたりから減速を開始して、160キロくらいで仙台まで走っていきましたので、1時間少々の遅れ。大宮を出てから約2時間もノンストップとなりました。
仙台で途中下車して、早めの昼食を軽く済ませ、後続のはやぶさに乗車します。

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丸富そばの納豆・ショウガ天そば

新青森駅で北海道新幹線と接続というダイヤ

地震の影響で、北海道新幹線との直通運転も中断されていて、新青森で乗り換えを余儀なくされます。しかもこのはやぶさ13号はホームが別になっているため、階段ダッシュで4分乗り換えというなかなか酷な乗り換えでした。それが表紙写真のはやぶさ519号という見慣れない列車番号にあらわれています。

北斗15号で長万部へ

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新函館北斗からは特急北斗15号に乗り換え。5両編成で自由席はまあまあ混雑していますが、窓側を確保して、この日は駒ヶ岳も頂上まできれいに晴れ渡っており、優美な姿を見られました。山を下り、森で噴火湾沿いに出ると海岸に沿いながらひた走ります。

恐らく21世紀になってから初めての山線

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長万部からはいつもですと室蘭本線をそのまま特急列車で過ぎていくのですが、今回は久々、記憶の中では鉄道全線踏破をしていた昭和から平成にかけての頃に乗ったきおくしかないレベルでの山線になります。
時代は変わり、今では1日にたった4本しか走っていません。
列車は1年前のダイヤ改正から投入されたH100形というディーゼルエンジンで発電機を駆動させ、その電気でモーターを回して運転する電気式気動車になります。
昔から走っていたキハ40系と比べて加速性能が良くなった半面、座席数は格段に減り、1人掛け対面と2人掛け対面が3区画ずつで他はロングシートです。トイレが洋式で使いやすくなったのは良い点です。
座席がほぼ埋まるくらいで出発。目名までずっと山を上って行くように進み、ニセコでスキー客らしき乗客が多少降車して、スキー場あたりで勤務を終えた人が制服姿のまま乗ってきたりします。
時刻も18時を回って日も落ちて夜が深くなっていきます。
次の比羅夫は駅舎が宿になっているのですが、集落につながるバスなどが全くないため、放送でも集落に行く人は倶知安からバスに乗ってくださいと流れました。
倶知安で少々停車して、乗客の大半が入れ替わります。
再びアップダウンの続く区間を走りながら、然別にて途中下車します。

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1区間だけキハ201系に乗車。

然別では列車行き違いで快速ニセコライナーに乗って、銀山駅まで戻ります。さすがにハイパワー気動車だけあって、エンジンの唸りがH100形と比べると余裕を感じました。

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再びH100系で小樽へ、普通列車と特急を乗り継ぎ旭川へ

銀山では30分ほど時間がありましたが、周囲は全くと言っていいほど何もないので、暖房も何もない待合室にいました。風もほとんどなかったので、思ったほど寒さは感じずに過ごせました。
小樽から普通列車に乗り換えて、走ってはすぐに停まるのを繰り返しながら札幌に到着。
22時ちょうど発のカムイ45号に乗って旭川へ向かい23:25到着。駅前のホテルに入って爆睡でした。

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