100人インタビュー企画に応募して

記憶は曖昧ですが、西野亮廣オンラインサロンがきっかけ?

メッセージのやりとりにおいて作家部という表記があったので、たぶん2018年末に入ったオンラインサロンの中で見つけたのか、Twitter内でやりとりをしてその中で見つけたのか曖昧ですが、インタビュー申し込みをしたのは2019年の元旦でした。
インタビュアーのリサコさんのページはこちらです。

自分はインタビュー受けるのは初めて

メールでの取材で進めたので、結構なやりとりを繰り返して3週間ほどで公開されました。(ちょうど誕生日目前だった)
現在はそのホームページが工事中ということで連絡をしてみたところ、記事のスクショを送っていただけました。
それを見ながら今の自分と比較してみます。

当時の自分と今の自分

1967.1.23生まれです。

実は先日引退された新日本プロレスのプロレスラー中西学さんの1日後だそうです。プロレスは好きなのですが、同じ年でよく続けてこられるなぁと思いました。
年齢は関係ないというのは、今でも同じ考えですし、人生は一度きりなのだから、その可能性にかけてみたいという気持ちでありました。

天体観測は今でも武器、音楽は趣味として

小学校から好きだった天体観測、中学3年から始めた作詞作曲は大人になった今でも空を見上げれば星座の形がわかりますし、弾き語りアーティストを応援し続けているのも作詞作曲をしていたからなのかもしれません。
当時よく聞いたのは来生たかおさんです。セーラー服と機関銃/夢の途中がきっかけになりました。

コンピューターだけの会社では不安だった進路

高校を卒業してからは就職という選択肢のみでしたのですが、コンピューターだけでは生き残るのに不安があったので、販売会社の情報部門というものがあった会社に就職、そこから34年間同じ会社で働き続けました。
5年目には採用担当をしたり、プログラマー以外の仕事も行いました。
仕事以外の休みは鉄道乗りまくりでこの頃はJR制覇を目指しました。
宮脇俊三さんの「時刻表2万キロ」に影響を受けています。

2019年はJALのダイヤモンドステータスを獲得

鉄道好きは2014年に全路線全区間制覇につながり、やることがなくなって航空機に移行して2018年に全空港利用に至りました。
2019年は沸騰ワード10でサバンナ高橋がチャレンジしたJALのダイヤモンドステータスを取得しました。

知夫里島は今でも強い思い出

この島はNHK連続テレビ小説「だんだん」のロケ地であり、主演したのはマナカナの2人です。
実は前の会社の設立(2004年)の時に作ったCMにマナカナを起用したというのも伏線だったりします。

自然のパワーを感じたのは西表島

いろんな島を回りましたが、それぞれの持つパワーだったり空気だったりというのは行ってみないと分からないです。
座右の銘の「百聞は一見に如かず」は旅する中で身についた言葉です。

世界へのアウトプットは未達

オリンピックを目的というものは早々に諦めました。
退職後予想していなかったJAL修行を始めたので、旅行で集めた写真を使っての本作りをしました。
そして、それをネット上で販売する仕組みを作ったり、12月は大人の文化祭イベントで出店をさせていただき、お客様の前での販売も体験出来ました。

アイデアは姫路の「ゴールデンエイジ」にて浮かぶ

最初に本を作ったのは2013年のことでした。
6年経過して改めて別の本を作成してみましたが、やはり喫茶店で置いてもらったら定期的に手に取っていただけていたり、ターゲットとなるところは間違いが無いという確信はもっています。
パワーポイントでの説明をこの店でさせていただきましたので、講演を依頼されれば出来る自信もあります。
もちろん、新卒採用の会社説明会をしたりしていたから、話すことに慣れていたのも力になりました。

鉄道塾はインタビュアーへ

講演はまだ出来ていませんが、今年になってから起業家さんをインタビューするという体験を自ら始めさせていただいてます。
どうなるかは未知数ですが、人の良いところ、伝えたいところにスポットを当てて引き出す事をやりたいようです。
あとは、昨年気づいたダジャレをつぶやくテクニック力を持っているということから、ダジャレ作成術の講習も出来るようになっています。

好きな事を徹底して行っていく

収入面のことはさておき、この1年間は好きな事を徹底して行ってきました。
ただ、後半に行った旅ライターでは生計も成り立たないし、費用対効果も悪いことが分かったので、方向転換を余儀なくされ、今は起業家ライターをきっかけにしていきたいところです。
浜松という地域が地域特性の良さを生かしきれていないと感じるので、これをいかせる仕事とやりがいを見つけたいところです。