2日連続で日帰り旅していました


こんにちは。ひとり旅アクティブ系ライターのDJRかもちゃんです。
昨日に引き続き、20年前に旅行していた記事を書いてみます。
予想通り、名鉄・近鉄・南海3日間フリーパス(5000円)を使ってました。


昼前に浜松を出て311系に乗っている

既に313系が出始めていた頃、まだ浜松ではバリバリ

昼前に出ているので、朝のうちに会社でも行っていたのでしょう。2000年問題でひーひーしていた頃で、名古屋のIBMを借りてましたから。

ナローゲージの当時近鉄内部線に乗る

762ミリ幅の狭い列車

当時はまだ近鉄の路線でした、今の「四日市あすなろう鉄道」。過去に西日野へは行ってるので、今回は内部までを往復しています。
それにしても、2席×2列が普通列車のパターンだけど、1席×2列とはね。

衝撃的に狭い車内

近鉄鈴鹿線を往復する

伊勢若松駅にて

四日市から伊勢若松へと移動して、近鉄鈴鹿線に乗車、一往復しています。鈴鹿市駅から伊勢鉄道の鈴鹿駅まで1キロほどと歩けないわけじゃないけど、ダイヤ接続が悪かったのでしょうね。

伊勢中川からは快速急行に乗りました

伊賀神戸から当時の近鉄伊賀線へ

伊賀線は上野市で分割されています

伊勢中川を経由して伊賀神戸で下車。ここからは当時の近鉄伊賀線(今の伊賀鉄道)に乗り換えます。こちらは線路幅がJRと同じ1067ミリに変わるので、近鉄大阪線とは直通出来ません。上野市までは本数が多いものの、上野市と伊賀上野の間は1時間1本と減ります。

伊賀上野駅

伊賀上野の手前で関西本線と並走します。17時を過ぎて、既に夕暮れの風情です。


急行かすがで亀山へ

わずか2両の編成(泣)

いよいよ廃止の声も聞こえてきたキハ58の急行かすがに区間乗車しました。我ながらうまくダイヤを合わせたものだと感心します。これで亀山まで50キロ分の急行券を払って向かいます。

原色のキハ58+28で津へ

亀山から新宮まで行く3両編成

亀山からは原色のクリームと赤の塗装車両へ。椅子もボックスシートですが、3両あるのでガラガラ、余裕で1ボックス占拠していきます。
青白い煙を立てて走る姿ももはや過去のものですね。

再び津から近鉄で名古屋へ

近鉄急行は沢山停まるね

近鉄の急行列車は常に混むというイメージですね。ロングシート率も高いし停車駅も多いからつい特急に乗ってしまいますが、この日は我慢して急行へ。

パノラマ展望席で豊橋へ

安定のパノラマスーパー

その昔は名鉄名古屋駅の地下街を歩いて「かどや」というお店の「中華風みそきし」を食べてからパノラマスーパーの展望席に乗って帰るというのが定番でした。スープじゃなくて、台湾まぜそばみたいなピリ辛の味噌そぼろがのっていて、きしめんと相性も良くて美味かったけど、いつのまにかなくなってしまいました。チャーシューが特に美味しかったんだよな。
この日もそのままパノラマスーパーに乗りました。

117系で浜松へ

2ドア健在な117系でした

最後は117系で浜松へ戻ってますね。緑快速だから岡崎から各駅停車で1時間コースの列車です。2ドアで、ほとんど185系と変わらない車両ですが座席が柔らかかったから好きだったな。