目的のない走行音を集めていたら、移動と制作の距離感が少し変わった

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日本全国の鉄道路線を、各駅停車だけで乗り、
その走行音を録音してきました。

観光が目的だったわけではありません。
鉄道の知識を披露したかったわけでもない。

ただ、
**「移動している時間そのものの音」**に興味があった。
それだけです。


走行音の録音は、基本的に一発勝負

列車の走行音は、撮り直しがききません。

  • 遅延
  • 運休
  • 車両変更
  • 録音ボタンの押し忘れ

どれか一つでも起きれば、
その区間の音は丸ごと失われます。

さらに、車内が静かとは限りません。
話し声や通話、笑い声で、
まったく使い物にならない音になることもありました。

その場でどうにかする方法は、ほぼありません。


音のためだけに、同じ区間をもう一度乗る

失敗したからといって、
簡単にやり直せるわけではありません。

「音を撮り直す」
その目的だけのために、
同じ区間をもう一度移動する。

観光もしない。
寄り道もしない。
ただ、録音する。

効率で考えれば、
かなり歪な行動だと思います。

でも一発勝負だからこそ、
その時間に集中するしかなかった。


成果物より先に、プロセスが立ち上がる

各駅停車は遅く、効率も良くありません。

けれど、その無駄の中でしか
拾えない要素があります。

  • 路線ごとに違う加速
  • レールの継ぎ目のリズム
  • 駅間が長い区間に生まれる「間」

意図して作れないものが、
勝手に音として混ざってくる。

これは「作品を作る」というより、
環境に身を置いている感覚に近かった。


この走行音は、素材ですらない

録音した音には、
説明も、ストーリーも、意味づけもありません。

どこの路線か分からない音も多い。
聞きどころやクライマックスもない。

でも、だからこそ残っています。

使われる前提がない状態の音

完成された作品よりも、
こうした曖昧な存在のほうが、
クリエイターにとって扱いやすい場合もある。


目的を決めない創作は、意外と長く続く

目的を決めると、判断は早くなります。
同時に、可能性は狭くなる。

この走行音は、
「何に使うか」を決めていないから、
まだ死んでいません。

  • 映像の下に敷く
  • 作業用BGMとして流す
  • 何もせず、ただ聞く

正解がない状態で、
今も存在しています。

それは創作において、
かなり強い状態だと思っています。


旅をしなくても、移動の選択は変えられる

この話は、旅の話ではありません。
遠くへ行く必要もない。

でも、
日常の移動を少し変えることはできる。

  • いつも車で行く距離を列車にする
  • 速さではなく、時間の質で選ぶ
  • 降りる予定のない駅で降りる

それはネタ探しというより、
感覚のチューニングに近い行為です。


インプットは、役に立たなくていい

クリエイターはつい、
「使えるかどうか」で物事を判断してしまいます。

でも、
役に立たない時間や素材が、
後から形を変えることもある。

この走行音は、
今のところ何にもなっていません。

それでも、
何にもなっていない状態のまま、
ちゃんと残っています。


完成させないまま、持ち続けるという選択

全国の路線を乗り終え、
録音も終わりました。

でも、
「完成しました」とは言っていません。

この走行音は、
作品未満、素材未満。
それでも確実に存在しています。

創作も、
こうした状態のものを
いくつか抱えていていい。


もしこの文章が、
あなたの移動や制作に、
ほんの少しでも引っかかったなら、

それはもう、
この音が「使われ始めた」ということなのかもしれません。


機材の話を、主役にしないために

この走行音の録音に、
特別高価な機材は使っていません。

内蔵マイクで、
一発勝負で、
失敗もたくさんありました。

だからといって、
それが何かを下げる理由になるとも思っていません。

機材の話は分かりやすい。
数字で比べられるし、
優劣もつけやすい。

でも、
この音を残している理由は、
機材の性能を証明することではない

  • その時間に、そこにいたこと

  • 撮り直しがきかない状況に身を置いたこと

  • 失敗も含めて、移動を引き受けたこと

そこにしか残らないものを、
ただ受け取っているだけです。

高価な機材を使っていないことは、
言い訳でも、謙遜でもありません。

だから何?
という話です。

この素材、あなたならどう使いますか?

この走行音は、
完成された作品でも、便利な素材でもありません。

用途も、正解も、想定されたゴールもない。
ただ、時間と移動と偶然が、そのまま残っているだけです。

  • 映像の下に、そっと敷く
  • 何かを作りながら、流し続ける
  • 音の一部だけを切り取って、別の形にする
  • 何も作らず、ただ聞く

どれでもいいし、
どれでなくてもいい。

もしこの音が、
あなたの制作や日常に
ほんの少しだけ引っかかるなら、

この素材、あなたならどう使いますか?

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